P.K.G. MAGAZINE | パッケージを考える

COLUMN

明治×P.K.G.Tokyo 価値を可視化し、丁寧に届けるブランド構築のプロセス

2024.06.28

今までにない、新しいことを、齟齬なく伝えることの難しさ。新商品や新規事業に関わっている方々は実感しているのではないでしょうか。また、消費者の視点に立った際も、魅力や価値がいまいち掴めないという感想を持った経験があるかもしれません。今回は、「明治 Dear Milk」のブランド構築のプロセスの話をお聞きします。P.K.G.Tokyoにおけるブランドのアイデンティティーの明確化、市場におけるストラテジー策定プロセスを中心にインタビュー形式で紹介していきます。

■本文
取材・文:大島 有貴
撮影:唐 瑞鸿(plana inc.)

 

「明治 Dear Milk」とは

「原材料、乳製品(北海道十勝製造)のみ」で作られた国内初のアイスクリーム。株式会社明治の独自製法により、「原材料、乳製品のみ」の「何も足さない」アイスクリームの開発に成功。通常、アイスクリームは乳製品とさまざまな素材を組み合わせることで、おいしさを追求していることが多い中、乳本来のおいしさを体現している。濃厚なコクと澄みわたる後味を併せ持つ、シンプルで奥深いミルクの味わいを楽しめる製品。

(右)株式会社 明治グローバルフードソリューション事業本部フローズン・食品事業部フローズンデザートG 吉岡 征史さん
(中央)株式会社 明治価値創造戦略本部 商品開発改革部 デザイン戦略G アートディレクター 井田 紀美子 さん
(左)P.K.G.Tokyo CSO(Chief Strategy Officer)中澤 亜衣

 

 

今までにない「何も足さない」おいしさのアイスクリーム

──「明治 Dear Milk」(以下:Dear Milk)2023年3月関東限定で販売開始、その後、2024年3月に全国展開を開始。人気や話題性の高さが際立ちますね。

吉岡:ありがとうございます。実は、Dear Milkは一人の開発担当の社員が、「原材料乳製品のみで、こんなに美味しいアイスできたから食べてみてよ」と社内メンバーにプレゼンを行い、製品化に向けて動き出すことが決まりました。弊社の中でそのようなプロセスで生まれた商品は、今まであまりありませんでした。品質やコンセプト等で大いに差別化ができ、明治らしさもある。これなら市場定着が果たせると思ったのです。それゆえ、ブランドを丁寧に作り上げていきたいという方針でまずは、関東圏限定かつ、販売する店舗も量販店のみにする等売り方にもこだわりました。実際に販売開始をすると、想像以上の反響をいただきましたね。「売っているお店が少ないので、隣の駅までまとめ買いをしに行っています」という声も多く聞かれ、大変嬉しかったです。そのような声を受けまして、全国販売を開始することができました。

井田:デザインの観点からみても、今までにないプロジェクトだったと感じています。Dear Milkの「原材料、乳製品のみ。何も足さないアイスクリーム」というコンセプトの世界観に合わせて、可能な限りデザインも削ぎ落としました。通例として、商品を説明するために入れるキャッチコピーもその要素のひとつです。コンセプトにぴったりなデザインができたと感じています。

一口食べて「あ、美味しい」と思わず声が出る素直な味わいのアイスクリーム。

 

「シンプルな」おいしさの価値を伝えるため、ワークショップを開催

──Dear Milkは、P.K.G.Tokyoがコンセプトの策定から関わったとお聞きしました。

井田:いつもの仕事の進め方としては、各商品に合わせてデザイン会社の選定を行います。ですが、今回の場合、製品自体が今までにない新しいものということで、しっかりとコンセプト作りから取り組む必要性を感じておりました。P.K.G. Tokyoさんは、そのようなブランドの核になる部分から一緒に取り組んでいただける会社だという認識がありましたので、今回お願いをした次第です。丁寧に取り組んでくださったので、とても感謝しております。

中澤:ありがとうございます。今回は、すでに力のある商品が存在しているところからのスタートという形でしたね。具体的にはまず、弊社と明治さんで、会社と部署を横断した総勢10名以上の混合チームをつくり、ワークショップを行いました。まずは、ペルソナの設定のワークショップに取り組み、「この商品のいいところってどこだろう」「このような商品を好きになる人はどのような人か?」といったことについてチームごとに議論をし、まとめました。その後、コンセプトにまとめるワークショップを行いました。「この商品を一言で表したらどうなるだろう」というワークに取り組み、そこで「シンプルな」「無垢な」「ミニマルな」というキーワードが出てきました。

吉岡:そうですね。弊社は、素材のおいしさを全面に出した商品を作ることが得意だと感いています。Dear Milkは、開発担当の一人の「こんな美味しいアイスができたよ!」というある種ひらめきから始まった製品でしたので、その美味しさ、素材の良さをダイレクトに伝えたかったのです。その気持ちや想いは社内で一致していたので、そのようなキーワードが出てきたのは納得でした。

中澤:その後、ワークショップで出てきたコンセプトをさらに細分化し、4パターンのコンセプト案を作り、ペルソナ設定に合わせて選定した消費者に定性調査を行いました。実際に商品の試食をしていただき、コンセプトと合わせてどう感じるかを測る調査です。

吉岡:社内で最初にDear Milkを食べた時、「うわぁ、美味しい」という驚きの感情を皆で持ったんですよね。調査でも全く同じような反応がみられたので、手応えを感じました。今までのミルクアイスとは違うのだということが伝わっている実感を得ました。

井田:また、コンセプトに対する意見は割れたところもありますが、「これは違うね」というのは、明確になった印象でしたね。最終的にはこの辺りのコンセプトかなという目星がつけられたので良かったです。

 

ブランドの骨格になるものを、様々な角度から検証していくことの重要性

──その後の商品のネーミングの設定ではかなりの数、案を出したそうですね。

中澤:そうですね。調査で得た結果から、ネーミングの選定に移っていきました。出した案の数は、全部で百以上あると思います。その中で商標や表記の事情で使えない言葉は削除していきながら、絞っていきました。「Dear Milk」というネーミングは議論の後の方に出てきたと思います。この段階でデザインも同時並行で、かなりの数の案を出していきました。数案を実際にパッケージデザインに組み込み検証して、最終的にネーミングとパッケージデザインを完成させていきました。

井田:担当部署の私たちだけで見ていると、煮詰まってしまうこともよくあるのですが、他の部署の方やP.K.G.Tokyoさんが入ってくださり、外の目があったことが良かったです。パッケージデザインに何案かを組み込んでいただいた際には、撮影も行って、しっかりと検証を行うことができました。このように時間や手間をかけて、ブランドの骨格になるものを様々な角度から検証することは、弊社の中でもなかなか叶わないことです。

──パッケージデザイン、スッキリしていて素敵です。

吉岡:店頭に並んだ時の見え方の観点から、蓋と本体の色を分けたいということはお伝えしていました。高級アイスクリームとも、手に取りやすい価格帯のアイスクリームとも違う新たなジャンルの商品にしたかったので、一目で今までとは違うということを示したかったのです。

井田:また、ロゴも大文字と小文字の使い方にも工夫をしました。小文字の方が優しさを感じるので全て大文字にはせず、「Dear Milk」という表記にしました。実は、印刷も結構大変だったんです。白が基調なので、少しでも黄色に転ぶと雰囲気がだいぶ変わってきてしまいます。前述しましたが、私の中ですごく良かったと思うことはキャッチコピーなしで「種類別:アイスクリーム」の記載に品質の説明を背負わせることができたことです。これはペルソナ設定にも繋がっていて、「種類別:アイスクリーム」という表記で品質を理解し、ご食へのこだわりに見合った商品を自らの尺度で選ぶ消費者を起点にDear Milkの価値を広げていけるのではとの想いからきています。

 

「何が価値なのか」を可視化することで、商品の魅力を齟齬がなく伝えることができた

──発売後の反応はどのようなものでしたでしょうか。

吉岡:プロモーションに関しては工夫を凝らしました。発売前のまだネーミングも決まらない段階で、「明治極秘アイス試食会」と称し、S N S等で広く告知し開催しました。参加者からの反応が非常に良く、「すごく美味しい」という声を多くいただきましたね。また、広告展開に関してもコンセプトに合わせて「何も足さない」広告ということで、東急東横線の1編成を真っ白の広告でジャックしました。商品名、コピーはニス塗りで表現し、インクを使わず、近くで目を凝らさなければ気付かない程度で広告の隅に透明な文字で「明治、アイス新発明」「Dear Milk」等と記載しました。うっすらと記載された商品名を見つけた方がS N Sで拡散するなど話題になりましたね。また、弊社には商品がどこで販売されているかをウェブ上で検索できる店舗サーチシステムがあるのですが、数多くの方にDear Milkを検索していただいており、人気の高さを感じます。私自身が商品コンセプトの策定から関わってきたので、ブランドの骨格となるものからズレることなく、プロモーションできたのではないかと感じています。

東急東横線における車両内の広告。既視感がない広告表現はSNS等で話題となった。

──最後に、Dear Milk のブランド構築について、全体としてどのような感想をお持ちでしょうか。

中澤:1年半と長い期間のプロジェクトだったのですが、明治さんと共に本当に考え抜く機会をいただけて、私のキャリアの中でも一番と言っていいほどのやりがいのあるプロジェクトでした。またこのような丁寧なプロセスでデザインを通してブランドづくりに関われたらと思います。

吉岡:「何が価値なのか」ということを、ちゃんと自分たちの頭で考え、可視化できたことがすごく良かったなと思います。社内でもDear Milkのブランド構築が、良い事例になっているという声もあり、これからもこの経験を活かしていきたいです。新商品の開発やブランドづくりは、やることが必然的に増えてしまい、とても大変です。ですが、今回のDear Milkに関しては、コンセプト策定から自分たちの手を動かしていくという点で、携わるメンバー全員が納得感を持って、ブランドの方向性を定めることができたと感じています。

井田:新しいカテゴリー、世の中にないものを売る時、伝え方が難しいがゆえに、埋もれがちになることが多いと感じています。今回のDear Milkに関しては、その価値が消費者にしっかりと伝わったことを実感していますね。また、社内のチーム、P.K.G.Tokyoさん全員がこだわりを持続できるメンバーだったので、ここまでコンセプトを研ぎ澄ますことができました。社内でも評判が高く、役員からもDear Milkについて話題にのぼるほどです。自分ごとにしながら新商品のことを考え抜く今回のような事例が、これから弊社の中で増えればいいなと思っております。本当にありがとうございました。

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